なぜ今、大伸化学なのか
5つの論点バリュエーション ── 株価2,200円の分解
ネットネット水準市場は、今期営業利益19.6億円(過去5年平均10.1億円)を稼ぐシンナー国内首位の事業に、わずか14.8億円しか値段を付けていない。営業利益の0.75年分、正常化利益(13億円想定)でも1.1年分。
NCAV=流動資産−総負債。総資産26,092百万円から固定資産推計4,988百万円(有形固定資産3,808+無形80+投資その他1,100)を差し引いた流動資産21,104百万円から、総負債8,692百万円を控除して算出。ベンジャミン・グレアムの古典的ネットネット基準(株価<NCAV×2/3=1,809円)には届かないものの、株価がNCAVを下回る銘柄は東証全体でも限られる。
| 時価総額 | 100.7億円 |
| 発行済株式数(自己株控除) | 4,575,177株 |
| PER(2027/3会社予想 EPS279.8円) | 7.86倍 |
| PER(2026/3実績 EPS194.39円) | 11.3倍 |
| PBR(BPS 3,803円) | 0.578倍 |
| EV(時価総額−ネットキャッシュ) | 14.8億円 |
| EV/今期予想営業利益 | 0.75倍 |
| EV/正常化営業利益(13億円) | 1.14倍 |
| 配当利回り(年45円予想) | 2.05% |
| 配当性向(予想EPS比) | 16.1% |
| ROE(2026/3実績) | 5.2% |
| ROE(2027/3予想) | 約7.4% |
| 自己資本比率 | 66.7% |
| 期末 | 現金及び現金同等物 | 1株換算 |
|---|---|---|
| 2022年3月期 | 38.3億円 | 837円 |
| 2023年3月期 | 41.1億円 | 898円 |
| 2024年3月期 | 49.5億円 | 1,082円 |
| 2025年3月期 | 63.7億円 | 1,393円 |
| 2026年3月期 | 85.9億円 | 1,877円 |
2026年3月期は純利益8.9億円に対し現金が22.2億円増加。運転資本の圧縮と減価償却の内部留保が効いている。同期間に有利子負債はゼロのまま、自己資本比率は62.4%→66.7%へ上昇。
それでも余剰現金は55〜65億円=時価総額の55〜65%。この余剰分だけで自社株買いをすれば発行済の50%超を消却できる計算になる。
含み益精査 ── 土地・有価証券
土地は主役ではない| 事業所 | 所在地 | 取得時期 | 土地面積 | 土地簿価 | 簿価単価 | 設備合計簿価 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 越谷工場 化学品製造設備・樹脂カット事業部 | 埼玉県越谷市七左町4-316 | 1970年5月 | 24,548㎡ | 13.55億円 | 55,215円/㎡ | 22.48億円 |
| 兵庫工場 化学品製造設備 | 兵庫県神崎郡福崎町西治字拝尾860-26 | 1985年5月 | 29,737㎡ | 5.37億円 | 18,075円/㎡ | 13.10億円 |
| 合計 | — | — | 54,285㎡ | 18.93億円 | 34,870円/㎡ | 35.58億円 |
| 本社・大阪支店・名古屋支店 福岡営業所・仙台営業所 | 港区芝大門/大阪市中央区伏見町/名古屋市中村区名駅南/福岡市中央区赤坂/仙台市青葉区中央 | — | 賃借 有報上「重要な設備がないため記載を省略」。本社は野村不動産芝大門ビルに入居しており自社所有ではない。 | |||
| 山崎梱包運輸(100%子会社) | 埼玉県越谷市新川町1-2-1 | 2022年10月取得 | 運送業・資本金1,225万円。有報上は「重要な設備がないため記載を省略」 | |||
越谷工場は1960年に草加市で操業開始した工場を1970年に移転して設置。2008年に樹脂カット事業部(越谷第二工場)を増設しており、簿価単価55,215円/㎡は昭和45年取得の原初取得地に後年の増設用地が混ざった加重平均と考えられる。兵庫工場は1985年(昭和60年)取得で、バブル前の水準。
| 地点 | 2026年公示 | 前年比 |
|---|---|---|
| 越谷市 工業地平均 | 12.0万円/㎡ | +5.0% |
| 越谷市 宅地平均 | 14.1万円/㎡ | +3.1% |
| 越谷市 蒲生(住宅地・工場至近) | 13.2万円/㎡ | +3.0% |
| 福崎町 西治字白輪(工業地) 兵庫工場と同一の「西治」地区 | 2.4万円/㎡ | +7.6% |
兵庫工場は所在地(福崎町西治)と公示地点(西治字白輪、大規模倉庫が見られる工業地域)が同一字内で、市況の当てはめ精度が高い。越谷工場は七左町4丁目=南越谷駅の南西約1.5km、準工業地域で住宅と工場が混在するエリア。
広済堂HDのような「土地が時価総額の何倍」という構図はここには存在しない。大伸化学で効いているのは含み益ではなく、BSに額面で載っている現金85.9億円である。
| ケース | 越谷 想定単価 | 越谷 時価 | 兵庫 想定単価 | 兵庫 時価 | 含み益(税引前) | 土壌対策控除 | 税引後含み益 | 1株換算 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 保守 工業地公示の70% | 8.5万円/㎡ | 20.9億円 | 1.9万円/㎡ | 5.7億円 | 7.6億円 | ▲4.0億円 | 2.5億円 | 54円 |
| 中立(推奨) 工業地公示の90%/同地区公示の92% | 11.0万円/㎡ | 27.0億円 | 2.2万円/㎡ | 6.5億円 | 14.6億円 | ▲3.0億円 | 8.1億円 | 176円 |
| 強気 物流用地としての実勢・地価上昇継続 | 14.5万円/㎡ | 35.6億円 | 2.6万円/㎡ | 7.7億円 | 24.4億円 | ▲2.0億円 | 15.5億円 | 340円 |
実効税率30.6%で税効果控除。越谷の想定単価は、越谷市工業地公示12.0万円/㎡・宅地平均14.1万円/㎡・蒲生13.2万円/㎡を基準に、大規模画地の減価を織り込んだレンジ。兵庫は同一字内の公示2.4万円/㎡を上限とした。地価は越谷+5.0%/福崎+7.6%と上昇中で、待つほど含み益は積み上がる。
大株主に丸善石油化学(2.84%)・三井住友銀行(3.69%)・三菱UFJ銀行(1.60%)・日本生命(5.11%)が並ぶ相互保有構造から、政策保有株を8〜12億円程度保有していると推定。含み益は保守2億/中立4億/強気7億円(税引後1.4/2.8/4.9億円=1株30/61/107円)。
※実額は2026年6月25日提出の有報「有価証券関係」注記で要確認。
| ケース | BPS | 土地 | 証券 | 修正BPS | 修正PBR |
|---|---|---|---|---|---|
| 保守 | 3,803 | +54 | +30 | 3,887円 | 0.566倍 |
| 中立 | 3,803 | +176 | +61 | 4,040円 | 0.545倍 |
| 強気 | 3,803 | +340 | +107 | 4,250円 | 0.518倍 |
含み益を加味しても修正PBRは0.52〜0.57倍。含み益の有無で結論は変わらないという点が、この銘柄の分析上の重要なポイント。裏を返せば、土地の再評価に賭ける必要がなく、額面どおりの現金と稼ぐ力だけで投資判断が完結する。
事業性・ニッチトップ性・ストック性
縮小市場のシェアテイカー| 製品区分 | 売上高 | 構成比 |
|---|---|---|
| 単一溶剤類 トルエン・キシレン・酢酸エチル等の単体溶剤 | 135.1億円 | 39.0% |
| 印刷用溶剤類 インキ希釈・洗浄 | 62.4億円 | 18.0% |
| 特殊シンナー類 塗料メーカー指定配合品 | 39.5億円 | 11.4% |
| 洗浄用シンナー類 | 21.2億円 | 6.1% |
| その他シンナー類・塗料等 | 77.9億円 | 22.5% |
| 合計(製造品294.4+商品51.4+その他0.3) | 346.1億円 | 100% |
報告セグメントは「化学品事業」の単一セグメント。製造品が売上の85%を占め、単なる商社ではなく調合メーカーであることが利益率の源泉。
5期連続黒字、営業利益レンジ8.0〜12.5億円と、市況変動を受けながらも赤字に落ちない安定性がこれを裏づけている。
| 決算期 | 売上高 | 営業利益 | 営業利益率 | 経常利益 | 純利益 | EPS | BPS | 自己資本比率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2022年3月期 | 313.0億 | 9.93億 | 3.17% | 10.32億 | 6.94億 | 151.72円 | 3,171.82円 | 62.4% |
| 2023年3月期 | 343.9億 | 12.53億 | 3.64% | 13.07億 | 9.55億 | 208.96円 | 3,375.09円 | 63.3% |
| 2024年3月期 | 324.6億 | 8.25億 | 2.54% | 9.39億 | 6.27億 | 137.09円 | 3,502.03円 | 66.4% |
| 2025年3月期 | 347.1億 | 7.99億 | 2.30% | 8.74億 | 5.88億 | 128.55円 | 3,610.83円 | 65.6% |
| 2026年3月期 | 346.1億 | 11.70億 | 3.38% | 12.36億 | 8.89億 | 194.39円 | 3,803.16円 | 66.7% |
| 2027年3月期 会社予想 2026年8月7日 上方修正 | 384.7億 | 19.60億 | 5.09% | 20.30億 | 12.80億 | 279.8円 | — | — |
5期を通じて売上は313〜347億円のレンジ内で安定、営業利益は8.0〜12.5億円(平均10.1億円)。今期予想19.6億円は過去5年レンジの上限を6割上回る異常値であり、これを「正常な収益力」と見るのは危険。本レポートでは正常化営業利益を13億円前後と置いている。
ただし置換は緩慢で、木工・金属塗装・自動車補修・印刷インキ・洗浄用途では溶剤系が残り続ける。撤退が相次いで供給者が減れば、残存者の価格決定力はむしろ強まる。
縮小市場における最後の勝者(last man standing)型の構図で、シェアと価格決定力が同時に上がる局面に入っている可能性がある。成長率ではなく「集約による質の向上」で評価すべき事業。
インフレ・値上げ ── 1Qで起きたこと
数量横ばい・単価だけで営業+522%② 国内石化の構造再編:エチレンクラッカーの統廃合が進み、副生する芳香族の国内供給余力が細っている。輸入依存が高まるほど円安と海上輸送コストが売価に転嫁されやすくなる。
③ 供給者の減少:規制対応コストに耐えられない中小調合業者の撤退が進み、残存者の値決め力が上がる。
今期の19.6億円は「良い時の顔」であり、悪い時の顔は8億円。この振れ幅を前提に置かないと、ピークの利益にPERを掛けて高値を掴むことになる。
正常化利益の置きどころ:過去5年平均の営業利益率3.0%に、値上げ定着分(+1.0〜1.5pt)を上乗せした4.0〜4.5%=売上370億円で営業利益15〜17億円が中立の姿。本レポートのBaseケースはこれをやや保守的に取っている。
カタリスト ── 現金と収益力を「解放」する引き金
還元 × MBO × 制度| 順位 | 株主 | 持株数 | 比率 |
|---|---|---|---|
| 1 | 坪井 典明(創業家) | 604千株 | 13.21% |
| 2 | 有限会社坪井(資産管理会社) | 556千株 | 12.16% |
| 3 | 光通信KK投資事業有限責任組合 | 297千株 | 6.50% |
| 4 | 日本生命保険相互会社 | 234千株 | 5.11% |
| 5 | 三井住友銀行 | 169千株 | 3.69% |
| 6 | 大伸化学従業員持株会 | 136千株 | 2.98% |
| 7 | 丸善石油化学 | 130千株 | 2.84% |
| 8 | INTERACTIVE BROKERS LLC | 92千株 | 2.01% |
| 9 | DEUTSCHE BANK AG | 82千株 | 1.80% |
| 10 | 三菱UFJ銀行 | 73千株 | 1.60% |
| 創業家+従持+政策保有(推定) | — | 約45% | |
株主数はわずか1,054名。発行済4,592,000株(自己株16,823株)。創業家25.4%+従業員持株会2.98%で28.4%、銀行・生保・丸善石化の政策保有を加えると約45%が「動かない株」。浮動株が薄いため、需給が動くと株価の振れは大きい。
これは「未着手だから、着手した瞬間にサプライズになる」という裏返しでもある。ROE5%・PBR0.58倍という数字は開示要請の直撃対象であり、開示を迫られれば還元方針の見直しが伴う可能性が高い。
短期的には需給の重しだが、会社が自社株買いで受け皿になれば一気に持株比率と株価の両方が動く。逆に大伸側が保有する政策保有株を売れば、それ自体が還元原資になる。
リスク分析 ── 正直に向き合う
最大の敵は「時間」3年後(2029年3月期)3ケース予想と最終判断
2026.09 確定版| シナリオ | 確率 | 3年後株価 | 加重寄与 | 3年累計配当 |
|---|---|---|---|---|
| Bear:市況反落・膠着 | 30% | 1,700円 | 510円 | 135円 |
| Base:値上げ定着・増配 | 45% | 3,300円 | 1,485円 | 180円 |
| Bull:市況+資本政策 | 25% | 5,000円 | 1,250円 | 300円 |
| 期待値 | 100% | — | 3,245円 | 196円 |
配当込み総期待リターン +56.4%(年率+16.1%)。株価2,200円→期待値3,245円+配当196円=3,441円。
広済堂の下値は「BPSという理論値」だったのに対し、大伸化学の下値はBSに現物として載っている現金1,877円/株。市況が悪化しても現金は減らず、むしろ増え続ける(4期連続で増加)。下値の確実性という点では、こちらの方が硬い。
| 算定アプローチ | 算定値 | 現在比 | コメント |
|---|---|---|---|
| 市場株価法(過去1年平均+プレミアム40%) | 約2,600〜2,800円 | +18〜+27% | 創業家が最も出したい水準。光通信がいるため成立しにくい |
| 修正純資産法(修正BPS 4,040円×0.95〜1.05) | 3,840〜4,240円 | +75〜+93% | 現金85.9億円が確定資産である以上、交渉の実質的な下限 |
| EV/EBITDA法(正常化EBITDA20億×6倍+現金) | 約4,500円 | +105% | EV120億+現金85.9億=205.9億円÷457.5万株 |
| 想定される着地レンジ | 3,500〜4,500円 | +59〜+105% | Bullケース5,000円に近い水準 |
MBOは「起きれば大きい」が時期が読めないため、本レポートの確率加重には織り込まずBullケースの内数として扱っている。ただしプレミアム30%未満(2,900円未満)の提案が出た場合は、修正BPS対比で不当に低い水準であり、株主として反対すべき局面。